節目には何かを残したくなる
人生には、ふしぎと「何かを残したくなる日」があります。
結婚、出産、独立、転職、入学、卒業、退職。
大きな出来事だけでなく、引っ越しをした日、店を始めた日、長く通った場所を離れる日。あるいは、誰にも言わないまま、自分の中でひとつ区切りをつけた日。
節目とは、カレンダーの上にだけあるものではありません。昨日までの自分と、今日からの自分のあいだに、そっと線を引くこと。その線の上に、花を置く人もいれば、写真を撮る人もいる。お酒を開ける人もいる。コトノートも、そんな時間のそばにそっと置かれる一冊でありたいな、と常々思っています。
何かが始まるときにも、何かが終わるときにも、手元に置いておきたくなる一冊。声は大きくないけれど、時間に強い。節目に選ぶノートとは、たぶんそういうものではないでしょうか。
写真に映らない時間をノートに書く
節目に何を残すか。写真を撮る。SNSに投稿する。贈り物を選ぶ。どれも、その時間を残すための行為です。けれど、書き残すことは、少しだけ違います。写真は、その瞬間を切り取ります。書くことは、その瞬間を、あとから言葉に変えていくことです。
だからノートは、節目の真っ最中よりも、その前後に開かれることが多いのかもしれません。結婚式の前夜。退職した翌朝。入学式の数日後。独立して、ようやく机の上が片づいた夜。そのとき、人はようやく、自分の言葉でその時間を受け止めはじめます。
うれしかったこと。少し不安だったこと。誰かに言われて忘れたくない言葉。そのときは何でもないと思っていたのに、あとから効いてくる風景。書くという行為には、時間がかかります。でも、その時間ごと残るのが、ノートのおもしろいところです。
実家に残る、浪人時代のノート
わたしにも、捨てられないノートがあります。
代ゼミで浪人していた頃に使っていたノートです。表紙はもうくたびれていて、ページの端も少し丸まっています。それでも、びっしりと数式が書かれたそのノートは、今も実家に残っています。
一年間で、たしか30冊近くになりました。数学の問題を解いたノート、英単語を書き連ねたノート。当時のノートを開くと、正直、内容の多くはもう思い出せません。数式の意味も、解法の手順も、いまのわたしにはすぐには追えないです。
それでも、ページいっぱいに書き込まれた文字を見ると、あの頃の空気だけは戻ってきます。
焦りも、不安も、妙な自信も、机に向かっていた夜の感じも。
ふしぎなのは、結果よりも、書き続けていた時間の方が強く残っていることです。合っているかどうか分からない式を何度も書き直した跡。赤ペンで入れた小さな印。途中から少し荒くなる字。そこには、当時のわたしが、なんとか一日を積み上げようとしていた痕跡があります。
ノートは、出来事をきれいにまとめるためだけのものではありません。
迷っている時間や、うまくいかない時間も、そのまま受け止めてくれます。だから後から開いたとき、そこには成功談ではなく、もう少し生々しい自分の姿が残っているのだと思います。
始まりの日と終わりの日
わたしは節目には、ふたつの種類があると思っています。
ひとつは、始まる節目。結婚、出産、独立、転職、入学。新しい時間が、これから始まる地点です。
もうひとつは、終わる節目。卒業、退職、引退、別れ。ひとつの時間を、ゆっくり閉じる地点です。
始まりには、白いページがよく似合います。これから何が起きるか分からないからこそ、余白が必要です。最初のページに日付を書く。いまの気持ちを書く。少し大げさな決意を書く。数年後に読んで、少し照れる。それも含めて、始まりのノートの役目です。
終わりには、振り返る場所が必要です。長く続いた時間を、もう一度、自分の言葉にしてみる。何があったのか。何をもらったのか。何を置いていくのか。終わった出来事を、ただ過去にしまうのではなく、一冊のなかに移し替える。
終わりを書くことは、後ろ向きなことではありません。むしろ、次の時間へ進むための、静かな準備です。終わったから書く。始まるから書く。そのどちらにも、ノートはよく似合います。
何も書かなくてもいい
ノートは、長い時間残ります。
棚に置けば、棚にずっとあるし、引き出しに入れれば、引き出しにあります。10年後に開いても、変わることはありません。そのとき書いた文字、力の入った線、ちょっとしたメモまで、全部残ります。
でも、ノートは必ずしも、何かを書かなくていいのだ、とも思うんです。
何も書かないまま、机の上に置いておくだけでもいい。
どんな表紙を選んだのか。どんな紙を選んだのか。どんなパーツを合わせたのか。そのチョイスが、そのときの自分の気持ちを残してくれます。
時間が経ってから見返すと、なぜその色に惹かれたのか。なぜその形に出来上がったのか。
書かれた言葉だけではなく、選んだ理由や迷った時間もまた、ノートの中に残っていくのかもしれません。