BOOKREVIEW
旅は終わらない。 —— 「わたしのマトカ」が誘う旅の余韻
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わたしのマトカ
「かもめ書店」・・・かめもしょ・・・「かもめ食堂」。そんな言い換えをしながら手にしたのは、映画「かもめ食堂」の撮影でフィンランドに滞在した日々が描かれているエッセイ。片桐はいりさんが書いた「わたしのマトカ」だ。
撮影の日々と言っても、基本的に土日は休み(時給が平日の倍という決まりがあるから)、平日も8時間労働の規則があるので仕事は早く終わって、さらに滞在時期は8月末から9月とまだまだ日が長い時期。はいりさんは、毎日ポケットに1.8ユーロをしのばせ(当時のトラムの乗車賃)、市場や劇場、マッサージにクラブ、週末はカヌーに乗って渡る島のレストランなどさまざまなフィンランドの日常を体験するのである。
市場で一リットルの苺を買い、スプーンでざくざくと頬張る。優しいお父さんが迎えてくれる素敵なファームステイ。そして、トラム運転手さんのさりげない気遣い。何気ないけれど心に残る、そんなフィンランドの日常が鮮やかに描かれている。
さらにこのエッセイには、旅が終わった後の「つづき」がある。東京に戻っても、フィンランドの空気を纏いながら日々を過ごすはいりさん。そう、旅に「つづき」があるのだ。
今もわたしの部屋では
世界のあちこちで集めた贅沢な時間たちが
それぞれの時を刻んでいて
それを眺めるたび
わたしの時間も少しだけ優雅になる。 — 「わたしのマトカ」より
物理的な工程は終わっても、旅した人の心のどこかにその土地の景色、出会った人々、音楽、味などあらゆるものが残っていて、ふとした瞬間に顔を出す。
わたしはこの本を読んで、15年ほど前に行ったフィンランドを思い出した。この本と同じ8月に行ったので、21時頃でも日が高く、港で海とかもめを見ながら飲んだビール。「閉」ボタンがないエレベーター。マッシュポテトにベリーのソース。公園で楽しく過ごす人々。小さい店が雑多に詰まった建物。本にも登場したトラムにも乗った。その前にいたストックホルムが雨でとても寒かったけど、ヘルシンキでは快晴でいい感じの暑さがあり、2泊という短い時間だったけど、のんびりと楽しい旅だった。
「わたしのマトカ」を読みながら、当時の風景、味、空気感が鮮やかに甦り、まるで自分が再びフィンランドにいるような気分に浸った。旅エッセイを読めば、いつもは「行った気」になって満足するのに、今回は違う。一緒に旅をした気分を味わったはずなのに、それだけでは足りず、もう一度あの行きたくなってしまった。
さて、フィンエアーのフライトを調べてみよう。旅の続きへ。
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わたしのマトカ 税込550円
映画の撮影で一カ月滞在した、フィンランド。森と湖の美しい国で出会ったのは、薔薇色の頬をした、シャイだけど温かい人たちだったーー。旅好きな俳優が綴る、笑えて、ジンとくる名エッセイ。