スマッシュは1987年発売。先金と前軸を一体にしたグリップ、四角いラバー、4mmパイプ。その形には、一般筆記へ引き継がれた製図用の考え方がある。
親は、製図用だった。
スマッシュというシャープペンシルがある。ぺんてるが一九八七年に出したものだ。
このシャープペンシルには、はっきりした親がいる。グラフ1000という製図用のシャープペンシルだ。
グラフ1000は、図面を引くための道具として作られた。細いパイプ、金属のグリップ、低い重心。仕事の道具として、必要なものだけが入っている。
スマッシュは、その一般向けとして生まれた。製図をしない人でも使えるように、握りを少し柔らかくし、形を整えた。
つまり最初から「製図用の血を引いた、普通の人のためのシャープペンシル」として設計されている。
いま製図用の形をしたシャープペンシルが学生に売れている、という話をした。その流れの、いちばん古い先輩がこれだ。四十年近く前に、すでに同じことをやっている。
先金とグリップが、一つになっている。
スマッシュの形で注目したいのは、先端と握る部分のつながりだ。
先金と前軸が一体なので、その境目の緩みを抑えられる。前軸は真ちゅう製で、小さな四角のラバーが並ぶ。ゴムだけのグリップではなく、金属の安定とラバーの手触りを組み合わせている。
先端のパイプは四ミリ。芯の硬度を示す窓もある。製図用の考え方が、一般筆記用の一本に残っている。
見た目は控えめだ。けれど、その控えめな形の中に、どこを緩ませたくないか、どこで握りを支えるかという判断がある。
派手な新機能がないことと、設計が何もしていないことは同じではない。
千円台という、選びやすい場所。
このシャープペンシルの価格帯も、いまの状況によく合っている。
二〇二六年九月に確認した公式小売価格は、〇・三ミリも〇・五ミリも税込一千三百二十円。三千円や五千円の一本と比べる前に、候補に入れやすい価格帯にいる。
初めて「高いシャープペンシル」を買うときの入口として、この位置はちょうどいい。二百円のものでは物足りないが、五千円はまだ出せない。その間に、この一本が座っている。
中学生が最初に買う高いシャープペンシルとして、これが選ばれることが多い。お年玉を全部使わなくても買える。
長く続く製品でも、全員の手に合うとは限らない。気にしたいのは、グリップと重さが自分に合うかどうかだ。
安いものと高いものの間に、こういう一本があるかどうかは、案外大事なことだと思う。入口がないと、次の段に上がれない。
二百円から五千円へ、いきなり跳ぶ人は少ない。段があるから、上がれる。
いま、若い人が見つけている。
面白いのは、このシャープペンシルがいま再発見されていることだ。
新製品ではない。それでも、名前を知る入口はメーカーの案内だけとは限らない。
写真や動画で見て知ることが多いようだ。誰かが使っているのを見て、名前を調べて、買いに行く。
古いものが新しい世代に見つかる現象は、他の分野でもよく起きる。音楽でも、服でも、家具でも。作られた時代を知らない人が、いいと思って選ぶ。
道具の場合、これが起きるのは形が完成しているときだ。時代に合わせた小細工が入っていないものほど、古びない。
その年の流行に寄せた製品は、流行と一緒に古くなる。寄せなかったものだけが、次の世代に見つかる。
そして限定色が出ると、話題になる。もともと地味な一本なので、色が変わると印象が大きく変わる。定番の形に、その年だけの色。この組み合わせが効いている。
定番であることと、限定色が効くことは、たぶん同じことの裏表だ。形が知られているから、色の違いが意味を持つ。
書き味は、素直だ。
実際に書くと、驚くようなことは何も起きない。
芯は回らない。自動で出ることもない。折れない機構も入っていない。ノックして、書く。それだけだ。
だから、機構のあるシャープペンシルから持ち替えると、最初は物足りなく感じるかもしれない。
けれど、しばらく書いていると分かる。余計なことをしないぶん、紙に当たる感触が素直だ。ペン先が沈まない。狙ったところに、狙った線が出る。
グリップには小さな四角いラバーが付いている。金属のローレットとは違う感触になるが、長く持ったときに楽かどうかは人による。
重さは中ほどで、極端に重くも軽くもない。誰が持ってもだいたい扱える範囲に収めてある。
尖ったところがない。それが四十年近く売れている理由だと思う。
変えないことが、価値になる。
四十年近く同じものを作り続けるのは、実はかなり難しい。
部品を作る機械は古くなる。材料の調達先も変わる。売れ行きが落ちれば、生産を止める判断もある。
それでも作り続けているのは、変えないことに価値があると分かっているからだと思う。
新しい機能を足せば、少しは売れるかもしれない。けれど足した瞬間に、それは別のものになる。四十年近くの蓄積が切れる。
琴平文具店の特集では、この一本を製図用と一般筆記の間に置いて紹介している。現在の店頭在庫を約束するものではないが、形の違いを考えるために知っておきたい定番だ。
定番というのは、こういうものを指すのだと思う。
新製品として話題になった期間より、話題にならずに売れ続けた期間の方がずっと長い。それでも棚から消えない。
一九八七年生まれのシャープペンシルが、まだ売れている。形が完成していたからだ。