BOOKREVIEW
オイラーの等式が教えてくれる、違うまま響き合う美しさ
博士の愛した数式
博士は、数式で世界とつながっていた
小川洋子さんの小説「博士の愛した数式」には、オイラーの等式が印象的に登場します。小説の中で、数式は単なる知識として扱われているわけではありません。博士の賢さを示すための小道具でもありません。記憶を失っていく博士にとって、数式は世界とつながるための確かな手触りであり、家政婦やその息子にとっては、博士の心に近づくための入口でもあります。
言葉にしきれない思いや、不器用な優しさ。そうしたものを静かに受け止める、もうひとつの会話として、数式はこの物語の中に置かれています。
オイラーの等式はなぜ世界で最も美しい数式なのか
e、i、π、1、0。
数学が得意ではない人にとっては、少し近寄りがたい記号の集まりに見えるかもしれません。けれど、この式が「世界で最も美しい数式」と呼ばれる理由は、難しさそのものにあるのではなく、むしろその反対にあります。
オイラーの等式は、形にすると、eの「iπ乗」に1を足すと0になる、というものです。
そこには、数学の基本である0と1、円に関わるπ、変化や成長に関わるe、そして目に見える数の世界から少し外れた虚数iが登場します。
カテゴリの違う有名な数字が、たった一行の中で、ぴたりと結びつく。その意外さと簡潔さが、この式を特別なものにしています。
説明できないものを、美しさが受け止める
オイラーの等式の不思議さは、違うもの同士を無理やり同じにしていないところにあります。0は0のまま、1は1のまま。πは円の気配を残し、eは変化の気配を持ち、iは見えない数の世界からやってくる。それぞれが別々の性質を保ったまま、ひとつの式の中で響き合っています。
この感じは、人間の社会にもどこか似ています。
私たちはつい、わかりやすくまとまったものをよいものだと思ってしまいます。同じ考え方、同じ温度、同じ方向を向いている集団のほうが、整って見えるからです。けれど、本当に強い関係は、全員が同じ色になることではなく、違うまま響き合えることの中にあるのかもしれません。
違うものが、違うまま響き合う
たとえば、最近大谷さんの影響でメジャーリーグを見る機会があります。
スター選手が並び、高い年俸の選手たちがそろったドジャースのようなチームが勝つと、もちろんすごい。強いチームが強い理由を見せてくれる気持ちよさがあります。けれど、どこかで「そりゃ勝つよな」と思ってしまう自分もいます。
それよりも、キャラクターの濃い選手たちが集まり、年俸総額だけで見れば決して派手ではないのに、それぞれの持ち味を重ねながら躍進していくチームに、つい心を持っていかれます。
それぞれの個性を消さないチームは美しい
オイラーの等式が美しいと言われるのは、別々の世界から来た数たちが、互いの性質を失わないまま、ひとつの関係を結んでいるからです。
人間も同じなのだと思います。
前向きな人だけでチームが強くなるわけではありません。慎重な人、感情的な人、黙って支える人、少し変わった角度からものを見る人。そういう人たちが、それぞれの違いを残したまま、ひとつの場にいる。そんなチームには、整いすぎた集団にはない魅力があります。
そう、いつまでもレイズのようなチームを面白がって応援できる自分でありたい。


