色鉛筆の箱を開けて、青を一本取る。子どもの頃なら、それで海を塗っていた。空もだいたい同じ青だった。
ところが、風景を少し真面目に描こうとすると、「青」という言葉が急に頼りなくなる。
晴れた日の空は青い。海も青い。でも、並べて見ると同じ色ではない。昼と夕方でも違うし、瀬戸内海と南の海でも印象が変わる。遠くの山まで青く見えることがある。
色鉛筆のセットに、似たような青が何本も入っているのには理由がある。
今回は、その青を少しだけ細かく見てみる。
空の青は、上と下でも違っている。
晴れた日の空を見上げると、一面が同じ青に見える。でも、写真を撮ったり、実際に描こうとしたりすると、場所によって意外と色が違うことに気づく。
頭の真上は濃く、地平線に近づくほど淡くなる。夕方なら、青の中に白っぽさや黄色が入り、日が傾けば紫や灰色も混ざってくる。
だから空を一本の青で均一に塗ると、きれいではあっても、どこか平面的に見えやすい。
色鉛筆なら、最初に明るい青を薄く広げ、その上から上部だけ少し濃い青を重ねていく。境目をつくらず、鉛筆を軽く動かしながら何度か重ねると、自然な濃淡ができる。
ここで白い色鉛筆を使う方法もあるが、紙そのものの白を残す方法もある。雲や地平線の近くを最初から塗り込みすぎなければ、その白さをあとから活かせる。
色鉛筆は、一度濃く塗ってしまった色を完全に戻すのが難しい。空のような淡いものほど、少し足りないくらいから始める方が扱いやすい。
海は、青だけで描かない。
海を描くとき、いちばん使う色は青だろう。けれど、青一本だけで海らしく見せるのは意外と難しい。
海には空の色が映る。浅い場所では海底や砂の色が透けることもある。波が立てば白く光り、影になった部分は黒に近い色になる。
たとえば青に少し緑を重ねると、水の透明感が出やすい。深いところには濃い青や紫を入れる。曇った日の海なら、青にグレーを少し重ねた方がそれらしく見える。
茶色を使うこともある。海なのに茶色、と聞くと少し不思議だが、港の水面や夕暮れの海では、周囲の建物や光の色が映り込む。実際に見た色を追っていくと、「海は青」という決まりからだんだん離れていく。
琴平文具店の「四国の風景」に描かれている瀬戸内の海も、ひとつの青だけではできていない。遠くの水面、船の周辺、夕方の光。それぞれに少し違う色が入ることで、ひとつの海に見えてくる。
海を描くときは、「何色の青を使うか」より、「青以外に何色が見えているか」を探してみるとおもしろい。
青に、紫や緑を重ねてみる。
色鉛筆のおもしろいところは、箱に入っていない色を紙の上でつくれることだ。
同じ青でも、緑を薄く重ねれば少し涼しげな水色に近づく。紫を重ねれば深みが増す。グレーを入れると彩度が落ちて、曇りの日らしい青になる。
混ぜるといっても、力いっぱい塗りつぶす必要はない。むしろ薄く何度も重ねる方が、下にある色が透けて複雑な色になる。
試しに一本の青で四角を塗り、その隣に青と緑、青と紫、青とグレーを重ねてみると分かりやすい。同じ青から始めたはずなのに、四つともかなり違う色になる。
36色や60色のセットを買うと青系の色が何本も入っているが、それでも目の前の空や海と完全に同じ一本が見つかるとは限らない。
そんなときは、探すよりつくる。
色鉛筆画では、この小さな混色を繰り返している。
「何色だったか」を見るところから、絵は始まる。
風景を描くとき、上手に線を引けることや、細かく描き込めることに目が向きがちだ。でも、それと同じくらい大事なのが色を見ることだと思う。
空を見て「青」と決める前に、少し眺めてみる。濃いのか、白っぽいのか。紫が入っているのか。海なら、空より緑なのか、グレーなのか。
特別な知識がなくても、見比べれば案外違いは分かる。
色鉛筆の箱を持って外へ出ると、この作業がちょっとした遊びになる。空に鉛筆をかざして、「今日はこの青ではないな」と隣の一本を取る。海を見て、青より先にグレーを選ぶ日もある。
何十色もの色鉛筆を持つ楽しさは、単にたくさんの色を使えることではない。
普段ならひとことで「青」と呼んでいるものの中に、いくつもの違いを見つけられることにある。
色鉛筆で空や海を描くなら、まず青を一本選ぶ。
そして、もう一本。その隣も試してみる。
青は、一色ではない。