紙の名前を聞かれて、すぐに答えられる人はそれほど多くないと思う。
コピー用紙、画用紙、和紙。そのくらいなら分かる。でも、印刷物や本、パッケージに使われている紙には、それぞれちゃんと名前がある。手触りも白さも厚さも違って、紙屋さんの見本帳を開けば、それだけでかなりの種類になる。
琴平文具店でも、ものをつくるたびに紙を選ぶ。
つるつるした紙がいいときもあれば、少し荒れた紙がいいときもある。真っ白ではなく、わずかに黄色い方が落ち着くこともある。印刷したときにはきれいなのに、手に取ると何か違う、という紙もある。
そんな中で、気づけば何度も候補に戻ってくる紙がある。
モデラトーン。
華やかな紙ではない。強烈な個性があるわけでもない。でも、紙を選ぶときに一枚置いてみると、「これくらいがいい」と思うことが多い。
文具店なので、今回は好きな紙の話をしたい。
よく見ると、少しだけ凸凹している。
モデラトーンを一枚だけ机の上に置いても、たぶん多くの人は特別な紙だとは思わない。
ところが、少し光を斜めから当ててみると表面に細かな模様が見える。完全につるつるではなく、かといって画用紙ほどざらざらでもない。指で触れると、わずかに抵抗がある。
この控えめな凹凸が、モデラトーンの特徴だ。
正式には「モデラトーンGA」というファンシーペーパーで、1994年に発売された。メーカーではその特徴を「穏やかなフェルトマーク」と説明している。「穏やか」という言葉は、実物を見るとかなりしっくりくる。
紙の存在感が強すぎない。
たとえば、ものすごく粗い紙に写真を印刷すると、写真より先に紙の質感が目に入ってくることがある。それはそれで格好いいけれど、使う場所を選ぶ。
モデラトーンはその一歩手前にいる。
普通の紙に見える。でも、触ると普通ではない。印刷すると、平滑な紙とはほんの少し表情が違う。その「ほんの少し」が使いやすい。
紙だけで完成させようとしないところが、好きなのだと思う。
白にも、いろいろある。
紙を選ぶようになると、困ったことに「白」が一色ではなくなる。
青っぽく感じる白。少し黄色の入った白。明るい白。落ち着いた白。同じデータを印刷しても、紙の白が変われば写真や文字の見え方も変わる。
モデラトーンにもいくつかの白がある。
琴平文具店のように、写真やイラスト、文字を一緒に扱うものをつくっていると、この地の色は意外と大事だ。
真っ白な紙には、色を鮮やかに見せる気持ちよさがある。その一方で、少し落ち着いた紙に印刷すると、インクの色までわずかにやわらいで見える。
どちらが正しいわけでもない。
新しいプロダクトをつくるとき、パソコンの画面では最後まで分からないことがある。デザインをプリントして、紙の上に置き、少し離れて見る。別の紙にも刷って並べてみる。
文字はこっち。でも写真はあっち。触った感じはこちらがいい。
そんなことを繰り返す。
紙選びは、スペック表を読んで一番優秀なものを決める作業ではない。最後は、そのものに似合っているかどうかだ。
服を選ぶのと、案外近い。
色鉛筆と、モデラトーン。
そして今回、あらためておもしろいと思ったのが、色鉛筆との相性だった。
色鉛筆は、紙の表面をかなり正直に拾う道具だ。ボールペンなら気にならない程度の凹凸でも、芯を横に走らせると、その形が色の濃淡になって現れる。
モデラトーンに色鉛筆を置くと、色が完全なベタにはならない。細かな紙の目が残って、ところどころに小さな白が入る。
そこがいい。
海を塗れば水面の細かな光のようにも見えるし、木や山なら均一ではない自然な表情になる。もちろん、もっと滑らかな紙を選べば、細部を精密に描き込むことはできる。画用紙のような粗い紙なら、さらに大胆なテクスチャーも出せる。
モデラトーンは、そのちょうど間くらいにいる。
鉛筆の線は残る。でも紙ばかりが主張しない。
色を一度置いて終わりではなく、その上から別の色を重ねると、凹凸の高いところと低いところで色の入り方が少しずつ変わっていく。同じ青を使っているはずなのに、平らな印刷面とは違った奥行きが出る。
色鉛筆画を紙に印刷するときにも、この微妙な表情はおもしろい。
原画そのものを再現するだけなら、もっと平滑で白い紙を選ぶ方法もある。でも、色鉛筆で描かれた絵を、もう一度「紙のもの」として仕上げるなら、少しくらい紙の存在が見えていてもいい。
画面で見る絵とは違って、手に持つものなのだから。
結局、「なんとなく好き」で選ぶ紙が残る。
紙について調べれば、厚さ、連量、白色度、印刷適性など、比較する数字はいくらでも出てくる。
もちろん、ものをつくるときには大切だ。印刷機に通るのか。折れるのか。裏が透けないか。ポストカードなら郵送に耐えられるか。商品として使う以上、感覚だけでは決められない。
でも、それを全部確認したあとに残るのは、結局かなり個人的な判断だったりする。
触ったときの感じが好き。
少しざらっとしているのが好き。
真っ白すぎないのが好き。
印刷したときに、妙に格好をつけないところが好き。
モデラトーンを選ぶ理由をきれいに説明しようとすると、いろいろ言える。でも、何度も使っている紙というのは、案外そんなものなのかもしれない。
文房具にも、スペックを比較して選ぶものと、理由もなく手が伸びるものがある。
使いやすいペンを聞かれれば説明できる。でも、なぜかいつも同じペンを買ってしまう理由は、うまく説明できない。
紙も同じだ。
紙屋さんの見本帳には、もっと個性的な紙も、もっと高級な紙もある。それでも新しいものをつくるとき、モデラトーンを一度合わせてみたくなる。
琴平文具店にとっては、そういう紙だ。