絵の具と違って、混ぜる場所が紙の上しかない。
色鉛筆には、パレットがない。だから色鉛筆の混色は、絵の具と場所が違うだけだ。紙の上で重ねる。
絵の具なら、混ぜてから塗る。青と黄色を筆先で混ぜ、緑にしてから紙に置く。混ぜた結果を目で確かめてから、紙に持っていける。
色鉛筆にはその工程がない。だから「色鉛筆は混ぜられない」と思っている人は案外多い。箱に入っている色の数が、そのまま使える色の数に見えてしまう。
けれど、混ぜられる。青を薄く塗り、その上から黄色を薄く重ねると、緑になる。絵の具のように均一な緑ではなく、下の青が透けた緑になる。この「透けている」ことが、色鉛筆の混色のすべてだと言っていい。
芯の色は、半透明の層として紙に残る。下の色を覆い隠さず、透かして見せる。色ガラスを重ねるのに近い。紙の白も、いちばん下の層として働いている。白を混ぜていないのに明るいのは、この白のおかげだ。
だから、濃く塗ってしまうと混ざらない。二色目が乗る隙間がなくなるからだ。一色目を思いきり濃く塗ってから重ねようとして、うまくいかなかった経験のある人は多い。混ぜたいなら、薄く塗る。これが唯一にして最大のこつだ。
力を抜いて、紙の目が少し見えるくらいで止めておく。その上に次の色を置く。色鉛筆の混色は、我慢することから始まる。
順番を変えると、別の色になる。
同じ二色でも、どちらを先に塗るかで結果が変わる。知識としては知られた話だが、どれくらい変わるかは、やってみた人しか知らない。
青の上に黄色を重ねた緑と、黄色の上に青を重ねた緑は、同じ色にならない。後から塗った色の方が表に出るからだ。前者は黄みの緑、後者は青みの緑になる。
これは絵の具では起きない。混ぜてしまえば順番は消える。色鉛筆は層のまま残るので、順番が結果に残る。パレットがないことは不便のようでいて、実は選べることが一つ増えている。
重ねる回数が増えれば、この差はさらに開く。層の絵は積み木に似て、下に何を置いたかが最後まで効く。
確かめるために、四角を並べて試してみた。組み合わせは四つ。青と黄、赤と青、茶と青、青と紫。離れた色の組も、近い色の組も入るように選んだ。それぞれ順番を入れ替えて、二回ずつ塗る。全部で八つの四角ができる。
四角は切手ほどの大きさで十分だ。横に二つずつ並べて、どちらを先に塗ったかを下に書いておく。あとで見返すとき、この一行が効く。
決まりは、二色とも薄く塗ること。濃く塗れば、順番の差ごと潰れてしまう。力加減を先にそろえておくのは、順番の差だけを見たいからだ。設計としては小さな実験だが、結果は設計より雄弁だった。
八つの四角は、ぜんぶ違う色になった。
塗り終えて並べると、八つの四角は八つの色になっていた。使ったのは四組の二色なのに、順番を入れ替えただけで別の色が並ぶ。
差がいちばん大きかったのは、青と黄の組だ。黄を後に乗せた四角は明るい黄緑に寄り、青を後に乗せた四角は深い緑に沈む。明るい色と暗い色の組み合わせほど、どちらが表に出るかで印象が動く。
反対に、青と紫の組は差が小さい。もともと近い色同士だと、順番を入れ替えても穏やかにしか変わらない。順番が効くのは、離れた色を組ませたときだ。この差は、遠目より近くで見たときにはっきりする。目は、層の重なりを思ったより細かく見分けている。
茶と青のような沈みやすい組は、順番より力加減が効いた。下の色を強く、上を弱く塗れば下の色が勝つ。逆にすれば上が勝つ。順番と力加減を掛け合わせると、同じ二本からつくれる色はかなりの数になる。八つの四角の外に、まだ幅が残っているということだ。
三本使えばもっと増える。箱の中の色数より、実際につくれる色の方がずっと多い。24色のセットでも、使い方次第で困らないのはこのためだ。
八つの四角は、それを一枚で見せてくれる。手持ちの中から二色選んで、同じものをつくってみるといい。同じ組でも、塗る人の手癖で少し違う色になる。それも含めて、その二本の取扱説明書になる。
三色目から、濁りとの勝負になる。
二色までは、だいたいうまくいく。難しくなるのは三色目からだ。
青、緑、茶を重ねると、深い色になる。ここまではいい。もう一色足そうとすると、急に濁る。灰色っぽく、沈んだ色になってしまう。
これは色を混ぜすぎたからというより、紙が受け止められなくなっているからだ。紙の凹凸が芯で埋まると、それ以上は乗らない。無理に塗れば、重ねた層を逆に削っていく。濁りかけているかどうかは、紙の光り方でも分かる。塗った面がてかり始めたら、目が埋まりかけている合図だ。
メーカー側も、このあたりを実用の目安にしている。ホルベインは自社の油性色鉛筆について「ソフト芯の特徴を活かし、3〜4色の塗り重ねができる」と公式に書いている。三色、四色が、重ねの実用域ということだ。公式がわざわざ書くくらい、重ねすぎは起きやすいということでもある。
だから濁らせないこつは、色数を減らすことではなく、一色あたりを薄く塗ることだ。三色重ねるつもりなら、一色目から力を抜いておく。三回で仕上げる絵と、五回重ねる絵では、一回目の濃さが違う。三色目は、二色目までより一段薄く、と意識するくらいでちょうどいい。
紙も効いてくる。目の粗い紙ほど重ねられる回数が増え、同じ三色でも、コピー用紙では濁って画用紙では成立することがある。紙の白さや色も、下から透けて結果を変える。紙ごとの違いは、紙の記事に書いた。
足りない色は、探すよりつくる。
色数の多いセットを買うと、最初は安心する。これだけあれば足りるだろう、と。
けれど実際に外へ出て空を見ると、やはり同じ色はない。空の色と一言で言っても、朝と昼と夕方で違い、季節でも天気でも違う。120色の箱にも150色の箱にも、目の前のその色そのものは入っていない。
似た色はある。同じ色はない。色数が足りないのではなく、世界の色が箱より細かいのだ。
そこで、探すのをやめて、つくることになる。近い青を選んで、その上に少し紫を重ねる。まだ違えば、うんと薄くグレーを乗せる。三本目で、目の前の色に寄っていく。この、寄せていく感覚がつかめると、色数の不足はこわくなくなる。探す時間が、つくる時間に変わる。つくった色は、箱の色と違って、その絵のためだけの色になる。
色数は、答えの数ではなく、出発点の数だ。この考え方は、何色から買うかの記事に書いた。箱の色数を増やすことと、つくれる色を増やすことは、別の話だ。
琴平文具店の「四国の風景」で描かれている瀬戸内の海も、箱から出した一本の青ではない。何色かを薄く重ねて、そこにある色に近づけている。青のつくり方そのものは、青い色鉛筆の記事に詳しい。
箱に入っていない色は、紙の上でつくれる。むしろ、そのためにたくさんの色がある。
空の色は、箱に入っていない。だから、つくる。