大人になってから色鉛筆を買うのは、少しだけ照れくさい。

ボールペンやノートなら仕事で使うという理由がある。万年筆なら、ちょっといいものを持つ楽しみも分かりやすい。でも色鉛筆となると、「何を描くんですか」と聞かれたときに、すぐ答えられない。

別に絵を習っているわけではない。大人の塗り絵を始めると決めたわけでもない。ましてや画家になりたいわけでもない。

ただ、文具店で色鉛筆が並んでいるのを見ると、ちょっと欲しくなる。

子どもの頃は学校や家に当たり前のようにあったのに、大人になると、自分で買わない限り色鉛筆に触れる機会はほとんどない。だから久しぶりに一本持つと、意外なほど新しい文房具に感じる。

今回は、上手な絵の描き方ではなく、大人がもう一度色鉛筆を買う話。

昔より、ずいぶん選べる。

子どもの頃の色鉛筆は、「12色セット」がひとつあればだいたい足りた。赤、青、黄色、緑、茶色、黒。金色と銀色が入っていれば、少し豪華だった。

大人になって文具店の棚を見ると、事情がずいぶん違う。

12色、24色、36色油性色鉛筆もあれば水彩色鉛筆もある。芯がやわらかいもの、細かく描き込みやすいもの、100色を超えるセットまである。ファーバーカステルのポリクロモスのように、一本ずつ単色で選べる色鉛筆もある。

ここで急に悩み始める。「初心者には何色がいいのか」「高い色鉛筆を買って使いこなせるのか」「水彩の方がおもしろいのではないか」。検索すれば、おすすめの色鉛筆はいくらでも出てくる。

でも、久しぶりに使うなら、それほど難しく考えなくてもいい。

好きな青が入っている。箱が格好いい。握った感じがいい。そんな理由で選んでも、色鉛筆の場合は案外困らない。

大人になると文房具にはつい「失敗しない選び方」を求めてしまうけれど、色鉛筆くらいは好きなものから始めてもいいと思う。

何を描くかは、買ってから考える。

色鉛筆を買う前に、描くものまで決めておく必要はない。

白い紙を一枚置いて、まず一本選んで線を引いてみる。次は少し力を抜いて塗る。濃く塗る。同じところに別の色を重ねる。

それだけでも、しばらく遊べる。

色鉛筆は、準備がほとんどいらない。絵の具のように水を用意したり、パレットを洗ったりする必要もない。使いたくなったら箱を開けて、終わったら戻す。それだけである。

この気軽さは、大人の趣味としてかなり優秀だ。

何か描きたければ、机の上のコーヒーカップでもいい。観葉植物の葉を一枚だけ描いてもいい。旅行先で撮った写真を見ながら、空の部分だけ色をつけてみてもいい。

最近は大人の塗り絵もたくさんあるので、線を描くところから始める必要もない。塗り絵なら、色を選んで塗ることだけに集中できる。

絵を描くとなると、つい一枚完成させようとしてしまう。でも、色鉛筆は完成させなくても使える。

今日は青を三本試した。それで終わりでもいい。

大人になると、「うまく描く」が少し邪魔になる。

子どもは、わりと平気で絵を描く。

犬を描いて犬に見えなくても、そのまま色を塗る。空を真っ青にして、太陽を赤く描く。途中で飽きれば別の紙に移る。

大人になると、なぜか最初から上手に描こうとする。

写真みたいに描きたい。きれいなグラデーションにしたい。せっかく買った色鉛筆だから、ちゃんとしたものを描きたい。

その結果、箱を開ける回数が減る。

もちろん、色鉛筆画にはたくさんの技法がある。薄い色を重ねたり、筆圧を変えたり、紙によって描き味を変えたりする。少し覚えるだけでも表現はかなり広がる。

でも、それは使い始めてからでいい。

琴平文具店で色鉛筆を見ていておもしろいのは、一本の線だけでもメーカーや紙によってかなり違うことだ。色そのものを比べたり、紙との相性を試したりしているだけでも、十分に文房具として楽しめる。

「絵を描く道具」と思うと少し構えるけれど、「色のついた鉛筆」と考えれば、だいぶ気楽になる。

一本だけ減っていく箱がいい。

新品の色鉛筆セットは、きれいだ。

長さがすべて揃い、色の順番に並んでいる。できればその状態を崩したくない気持ちも少しある。

でも、文房具は使い始めてからの方がおもしろい。

青ばかり使って一本だけ短くなる。よく使う茶色を単色で買い足す。鉛筆を削るうちにメーカー名が少しずつ消えていく。36色持っているのに、結局いつも同じ七、八本を選んでいる。

それでいい。

何をよく描くかによって、減る色は変わる。植物を描く人なら緑や茶色。人物なら赤や黄色。海や空を描けば、青系ばかり短くなっていく。

色鉛筆のセットは、買ったときは全員同じなのに、しばらく使うと少しずつその人の箱になっていく。

大人になって色鉛筆を買うなら、立派な絵を描くという目的がなくてもいいと思う。

24色の箱をひとつ買って、机の近くに置いておく。気になった色を一本出して、紙に塗ってみる。気に入れば、また使う。

子どもの頃のように毎日は使わないかもしれない。

そのくらいの距離で持っている色鉛筆も、なかなかいい。