色鉛筆と聞いて、何色入りの箱を思い浮かべるだろう。12色、24色。少し立派なものなら36色くらいだろうか。子どもの頃なら、金色と銀色が入っているだけでも少しうれしかった。それを考えると、ファーバーカステルの「ポリクロモス」に120色もあるというのは、なかなかの数である。
赤は赤、青は青。それだけあれば絵は描けるし、実際、12色でも十分に楽しい。それなのに120色も並べて、いったい何をするのだろう。箱を開けてみると、よく似た青や緑や茶色がずらりと並んでいる。ぱっと見ただけでは、「これは同じような色では」と思うものも少なくない。
でも、一本ずつ紙に塗ってみると、ちゃんと違う。そして、その違いが分かり始めると、今度は120色あっても足りないような気がしてくる。
青だと思っていたものが、青だけではなくなる。
たとえば海を描こうとする。子どもの頃なら、青い色鉛筆を一本取って、そのまま海を塗った。でも実際の海をじっと見てみると、ひとつの青ではできていない。空を映した明るい青もあれば、少し緑の入った青もある。遠くの海は灰色に近く見えるし、夕方になれば紫や赤まで混じってくる。
ポリクロモスには、そんな「青と青の間」のような色がたくさんある。ライトウルトラマリン、コバルトブルー、フタロブルー、プルシャンブルー。名前だけ聞けばどれも青だけれど、並べて紙に塗ってみると、それぞれに違う方向を向いている。
おもしろいのは、色鉛筆の違いが分かってくると、風景を見る目まで少し変わることである。「海は青い」で終わっていたものを、「今日は少し緑っぽいな」「遠くは青というより灰色だな」と見るようになる。色鉛筆が増えたというより、自分の中で色を分けるための言葉が増えていくような感じがする。
瀬戸内海を見ていても、晴れた日の海と曇った日の海はまったく違う。同じ日でも、沖の色と岸辺の色は違う。それまでひとつの「青」として見ていたものが、描こうとした途端に、いくつもの色に分かれていく。
120色あっても、そのまま使うとは限らない。
それだけ色があれば、描きたいものと同じ色が一本くらい見つかりそうなものだけれど、実際にはなかなかそうはいかない。ちょうどいい色がなければ、二本、三本と重ねてつくる。青の上に少し紫を入れたり、茶色の上に赤を重ねたり、明るすぎるところへ灰色を薄く加えたりする。
絵の具ならパレットの上で混ぜるところを、色鉛筆では紙の上で混ぜていく。一色を強く塗って終わるのではなく、薄い色を何度か重ねていくと、その途中に箱には入っていなかった色が現れる。120本あるから120色、というわけではない。
影を描くときも、いつも黒を使うとは限らない。黒を重ねると、そこだけ急に重たく見えることがある。そんなときは青や紫、茶色を重ねながら暗さをつくっていく。同じ「暗い」でも、冷たい影もあれば、あたたかい影もある。
120色の箱を買えば、色選びから解放されるのかと思ったら、むしろ逆なのかもしれない。選択肢が増えれば増えるほど、「もう少しこっちかな」と考える時間も増える。
似たような茶色ばかり、こんなにいる?
ポリクロモスの箱を眺めていると、とくに多く感じるのが茶色である。赤みのある茶色、黄色っぽい茶色、少し灰色がかった茶色。最初は「こんなに茶色ばかり必要なのか」と思うのだけれど、絵を描き始めると意外によく使う。
木の幹、土、建物、髪の毛、枯れ葉。身のまわりを見渡してみると、茶色いものはかなり多い。しかも木の茶色と土の茶色は同じではないし、新しい木材と雨に濡れた古い木でも違う。ひとまとめにしていた「茶色」の中に、思っていた以上にたくさんの色がある。
ポリクロモスには、ヴァンダイクブラウン、ウォルナットブラウン、ダークセピア、バーントアンバーといった色もある。色名を眺めているだけでも、ちょっとした色の辞典のようでおもしろい。
そして、使い続けていると、人によって短くなる色が違ってくる。植物を描く人なら緑が減り、海を描く人なら青が減る。人物をよく描く人なら肌や髪に使う色が短くなる。新品の120色は誰が買っても同じだけれど、一年使った120色は、その人だけの箱になっている。
同じ色鉛筆でも、紙が変われば色も変わる。
もうひとつ、色鉛筆のおもしろさを大きく左右するのが紙である。真っ白な紙に塗った色と、少し生成りがかった紙に塗った色では、同じ一本でも印象が変わる。表面がなめらかな紙なら線がすっきりと見えるし、少しざらついた紙なら、その凹凸に色が残って独特の表情が出る。
色鉛筆を選ぶと、つい「何色入りにするか」「どのメーカーにするか」ばかり考えてしまうけれど、実際にはその下にある紙もかなり重要だ。120色から一本を選んでも、塗る紙が変わればまた違う色になる。
琴平文具店には、モデラトーンをはじめ、触ったときの質感や色合いの違う紙がいろいろある。色鉛筆を買ったら、いつものコピー用紙だけではなく、好きな紙にも一度塗ってみてほしい。同じ一本が、思っていたより違って見えるはずだ。
ポリクロモスは、ちゃんと使うためにつくられている。
120色が並んだ箱を見ると、つい「高級な色鉛筆」というところに目がいく。でもポリクロモスのおもしろさは、豪華な箱を眺めることより、一本ずつ使って短くしていくところにあると思う。
芯は3.8mmと太めで、広いところを塗りながら、きちんと削れば細かな線も描ける。芯と木軸を接着するSV方式が採用されていて、芯が折れにくいようにつくられている。発色や耐光性だけでなく、繰り返し削って使う道具として考えられている色鉛筆だ。
ちなみにポリクロモスが発売されたのは1908年。最初は60色だったという。100年以上前に生まれた色鉛筆が、いまも削って、描いて、一本ずつ短くなりながら使われ続けている。歴史そのものより、道具のかたちがほとんど変わらないまま残っていることの方が、なんだかおもしろい。
最初から120色はいらない。
ここまで120色の話をしてきたけれど、もちろん、色鉛筆を始めるのに120色を揃える必要はない。
12色なら、限られた色を重ねてつくる楽しさがある。24色になると選べる色がぐっと増える。36色くらいになると「この青とこの青のどちらにしよう」という迷いも出てくる。その迷いこそ、色鉛筆のおもしろいところだったりする。
最初からたくさん揃えるのもいいし、小さなセットから始めて、よく使う色や欲しくなった色を一本ずつ買い足していくのもいい。むしろ、その方が自分が好きな色が分かってくる。
何色くらいから始めようか迷っている人は、「12色、24色、36色。色鉛筆は何色あれば楽しい?」でも、それぞれの色数について考えている。
また、ポリクロモスは油性色鉛筆。水を使って描ける水彩色鉛筆とは、同じ色鉛筆でも楽しみ方が少し違う。どちらにしようか迷ったら、「油性か、水彩か。」もあわせて読んでもらえたらと思う。
120色は、120個の答えではない。
色鉛筆を持つと、風景を少し丁寧に見るようになる。
海を見て「青」と思うところから、もう少しだけ先へ行く。どんな青なのか。少し緑が入っているのか。空の色が映っているのか。山なら、ただの緑ではなく、陽の当たるところと影になったところを見比べてみる。
白い紙に塗るのと生成りの紙に塗るのでも違う。強く塗るか、薄く重ねるかでも違う。別の色を一本重ねれば、また違う色になる。
そう考えると、120色というのは120個の完成した色が入っている、ということではなさそうだ。むしろ「このあたりかな」と色を探すための、120個の入り口が用意されている感じに近い。
最初は、120色も必要なのだろうかと思う。
でも、使っているうちに、「この二色の間がほしい」と思い始める。
たくさん色があるから楽しいのではなく、たくさん色があることで、今までひとつに見えていた色の違いに気づく。
ポリクロモスの120色には、たぶん、そういう楽しさが入っている。