軸の色と、塗った色は違う。

新しい色鉛筆を買う。箱を開ける。並んだ色を眺めて、さっそく描き始めたくなる。

その前に、ひとつだけやっておきたいことがある。全部の色を、一度ずつ塗ってみることだ。持っている色をぜんぶ塗って並べた紙を、カラーチャートと呼ぶ。自分の手でつくる色見本だ。

理由は単純で、軸に塗られている色と、紙に塗ったときの色が違うからだ。軸の色は目安でしかない。塗料で塗った軸の色と、顔料を紙に乗せた色が一致する方が難しい。

濃い緑に見えた一本が、塗ってみると意外に明るかったりする。似て見えた二本が、紙の上でははっきり違ったりもする。色名も、あてにしすぎない方がいい。同じ「あお」を名乗る色が、メーカーごとに別の色を指している。

芯の断面の色も、あてにならない。断面は圧縮された状態なので、紙に薄く伸ばしたときとは印象が変わる。つまり、買った時点では、その箱の本当の中身をまだ誰も見ていない。

特に色数の多いセットではこれが効く。120色や150色になると、軸を眺めているだけでは、どれがどれだか分からなくなる。青系だけで十数本並んでいて、名前も番号も覚えられない。使うたびに一本ずつ試し塗りをして、また戻すことになる。こうした大箱がどういう段の先にあるのかは、何色から買うかの記事に書いた。

一度塗っておけば、探す時間が減る。それだけのことだが、描いている間じゅう効いてくる。

並べ方は、箱の順でいい。

つくり方に決まりはないが、迷うなら箱に入っている順にそのまま並べるのがいい。

紙に四角をたくさん描いて、左上から順に一色ずつ塗っていく。四角の下に番号を書いておく。準備はそれで全部だ。定規で引いてもいいし、方眼の紙を使ってもいい。

四角の大きさは、親指の先ほどで足りる。小さすぎると色が読めず、大きすぎると塗るのに疲れる。番号は、あとでも効く。単色を買い足すとき、色名より番号の方が、確実に同じ一本にたどり着ける。

箱の順に並べる利点は、探すときに箱と対応することだ。チャートで見つけた色が、箱の同じ位置にある。色相順に並べ替えると見た目はきれいだが、探す手間は増える。実用を取るなら箱の順がいい。

うまく塗ろうとしなくていい。均一でなくても、はみ出してもいい。自分が読めれば足りる。

時間は、箱の大きさなりにかかる。まとめてやると飽きるので、何日かに分けてもいい。番号の並びさえ守れば、途中でやめても続きから塗れる。一色ずつ番号を確かめながら、淡々と塗っていく時間は、案外わるくない。

この手間は無駄にならない。塗っている間に、自分の持っている色を一本ずつ見ることになるからだ。買ってから一度も出番のなかった色とも、ここで一度は手が合う。塗り終えた一枚は、箱の目次になる。

三段に塗ると、力加減まで分かる。

四角をただ塗りつぶすより、ひとつの四角の中を三段に塗り分けておくと、あとで効いてくる。薄く塗った部分、普通に塗った部分、強く塗った部分の三段だ。

同じ一本でも、力加減でかなりの幅がある。薄く塗った色は、重ねるときに実際に使う色だから、見ておく価値がある。強く塗った色だけ見て選ぶと、重ねた瞬間に思っていた色と違うことになる。

逆に、濃く塗ったときにしか本来の色が出ない一本もある。軸の色も薄塗りも地味なのに、力を入れると急に鮮やかになる。そういう一本は、三段に塗って初めて見つかる。差の大きい一本と小さい一本がある、ということ自体も、三段にして初めて見える。

塗る順番は、薄い方からがやりやすい。強く塗ってしまってからでは、その上の調整がきかない。三段が面倒なら、薄いと強いの二段でもいい。幅を見るのが目的だからだ。

三段のチャートは、色の一覧であると同時に、力加減の一覧になる。この色をこの濃さで出すにはどれくらいの力がいるか、という感覚が、塗りながら手に入っていく。描いている途中で、もう少し強く塗ればこの色になる、と分かるのは、この一覧のおかげだ。

一段だけのチャートをすでにつくってある場合も、よく使う色だけ三段で塗り直してみる価値はある。使い方の分かっていなかった色が、どこかの段で使える色に変わることがある。

紙を変えると、もう一枚つくりたくなる。

一枚つくってみると、次に気づくことがある。この色は、この紙での色だということだ。

同じ赤でも、ケント紙とモデラトーンでは違って見える。紙の白さも、目の粗さも違うからだ。目の粗い紙では白い点が残って明るく見え、なめらかな紙では均一に濃く見える。白い点の残り方まで含めて、その紙での色だ。紙ごとの違いは、紙の記事に書いた。

だから本気で使う紙が決まっているなら、その紙でチャートをつくるといい。実際に描くときの見え方と、手元の色見本が一致する。ここがずれていると、色見本はきれいなだけの表になってしまう。

ここまで来ると、様子が変わってくる。同じセットで、紙を変えて二枚つくる。並べると、同じ色鉛筆とは思えないくらい違う。紙を選ぶというのは、色を選ぶことだと分かる。どちらが自分の絵に合う紙かは、二枚を並べれば、理屈より先に目が決める。

チャートは一度つくって終わりの表ではなく、紙を変えるたびに増えていく記録になる。増えた二枚目は、一枚目を無駄にしない。

もうひとつ、同じチャートを二枚つくって、一枚を引き出しに、一枚を窓際に置いておくと、色の褪せ方を自分の箱で確かめる実験になる。そのやり方は、耐光性の記事に書いた。

全部塗ると、持っている色が分かる。

チャートの効用は、探す時間が減ることだけではない。

全部塗ってみると、自分がどんな色を持っているかが分かる。青系が十本あることも、茶色がやたら細かく分かれていることも、赤系が意外に少ないことも、塗って初めて見える。

そして、使っていない色に気づく。その色をどう使うかを考えるのが、次の楽しみになる。白は色のついた紙で働く色で、その話は紙の記事に詳しい。灰色は、他の色に薄く重ねると彩度を落とす道具になる。使いどころのない色というのは、使う場面をまだ知らない色のことだ。

チャートを見ながら描くようになると、色の選び方も変わる。箱の中から探すのではなく、手元の一覧から選ぶ。目の前の色に近いものを見比べて決められるので、迷う時間が減る。

色見本のカードそのものを、少し良い紙でつくっておく手もある。罫だけ引いた台紙に、厚みのある紙。それなら使い捨てのメモではなく、道具として何年も使うものになる。琴平文具店が色見本の紙としてモデラトーンを選ぶのも、同じ理由だ。絵を描くたびに横に広げるものは、めくっても傷まない紙でつくりたい。

新しい色鉛筆を買ったら、まず全部塗ってみる。描き始めるのは、そのあとでいい。

描く前に、ぜんぶ塗る。