描いた直後には、絶対に分からない。
色鉛筆の耐光性は、売り場でいちばん確かめようのない性能だ。濃さも重ねやすさも、試し書きの一本で見当がつく。褪せやすさだけは、その場で分からない。
試し書きの紙の上で、色鉛筆はほとんどの手の内を見せてくれる。買う側はそれを見て選ぶ。ただ一つ、時間だけは紙の上に映らない。
色鉛筆で描いた絵は、光に当たり続けると色が褪せる。窓際に飾った絵が数か月で薄くなり、並べて見るまで気づかない。そういうことが実際に起きる。
しかもこれは、紙が焼けるのとは別のことだ。紙の黄変なら全体が同じように変わるが、褪色は色ごとに起きる。顔料そのものが、光で分解していく。
どのくらいで褪せるかは、顔料によって違う。同じ赤でも、使われている顔料が違えば、一年後の残り方が違う。色鉛筆の値段の一部は、この褪せにくさに払われている。
厄介なのは、買う前にも、描いた直後にも、これが分からないことだ。試し書きでは判定できない。値段からも推測しきれない。分かるのは半年後だ。
性能の大半が一瞬で分かる道具の中で、耐光性だけが時間の向こう側にある。知っていれば備えられるが、知らなければ、気づいたときには戻せない。だから、この話は先に知っておくしかない。
「色により耐光性は異なる」と書いてある。
耐光性について調べていくと、ホルベインの製品ページで手が止まる。
アーチスト色鉛筆の公式の説明はこうだ。「高級顔料を使用。発色がよく、光による褪色や変色が少ない色鉛筆で、作品の長期保存にも最適です。」ここまではよくある表記で、どのメーカーも似たことを書く。
問題は、そのあとに付いている一行だ。「※色により耐光性は異なります。」
一箱の中に、褪せにくい色と、そうでない色がある。同じシリーズ、同じ値段でも、色によって違う。これを製品ページにわざわざ書いているのは、なかなか誠実な書き方だ。書かなくても誰も困らないことだからだ。
都合の悪いことを先に言う説明書きは、信用していい。この一行が、この記事の起点になっている。
なぜ色で違うのか。顔料が違うからだ。色鉛筆は、色ごとに違う顔料でできている。
赤には赤の、青には青の顔料。それぞれ性質が違うので、光への強さも変わる。一本ずつ別の材料でできていると考えた方が近い。
「このメーカーは耐光性が高い」という一括りが成り立たないのは、このためだ。同じ箱の中に、強い色と弱い色が混ざっている。
しかもホルベインの場合、この注意書きは一般論で終わらない。公式オンラインショップの単色ページには、色ごとに耐光性が星の数で表示されている。たとえばウォームグレイNo.2は星二つ。
星の数を見て買う色を決める、という選び方ができる。この色鉛筆そのものの話は、別の記事に書いた。
褪せやすい色は、だいたい鮮やかな色。
琴平文具店でも、窓際に飾っていた絵が薄くなった、という相談を受けることがある。話を聞くと、抜けた色には偏りがある。ピンクや紫、鮮やかな赤。目を引いていた色から、順に消えていく。
傾向として、鮮やかで明るい色ほど弱い。華やかな色ほど、光に弱い顔料が使われていることが多い。反対に、黒、茶、土色、深い緑あたりは比較的強い。絵の主役ほど先に消える、という皮肉な傾向だ。
古い絵や古い印刷物には、この傾向が残っている。赤やピンクが抜けて、全体が青っぽく、あるいは茶色っぽくなっているものが多い。褪せた結果として、残った色の絵になっている。
ただし、これはあくまで傾向で、最後は色ごとの等級を見るしかない。等級には物差しがある。米国にはアーチスト用色鉛筆の規格ASTM D6901があり、布の褪せ方を基準にしたブルーウールスケール(1〜8級)もよく使われる。
ファーバーカステルは、この物差しを星で公開している。星三つが最高耐光でブルーウール7〜8級、100年以上。星二つが5〜6級、星一つが3〜4級にあたる。ポリクロモスは120色のうち102色が最高等級で、その102色だけを集めた缶まで売られている。
逆の攻め方をしたメーカーもある。ダーウェントのライトファストは、全100色をASTM準拠の耐光色だけでそろえた。箱ごと耐光にしてしまえば、色ごとの差に悩まなくていい。各メーカーの成り立ちは、図鑑の記事に書いた。
自分の箱で、確かめる方法がある。
等級表は、条件をそろえた試験の結果だ。それとは別に、自分の部屋の光で、自分の箱を試す方法がある。
全色を塗ったカラーチャートを二枚つくる。一枚は引き出しへ、一枚は窓際へ。することはそれだけで、あとは時間が試験をやってくれる。チャートそのものの作り方は、別の記事に書いた。
二枚は同じ日に、同じ紙でつくり、隅に日付を書き込んでおく。あとで並べたときの、動かない証言になる。
半年か一年たって二枚を並べると、どの色が褪せたかが一目で分かる。差は想像より、はっきり出る。
窓際の一枚では、鮮やかだった色から順に紙の色へ近づいていく。引き出しの一枚が、元の色を覚えていてくれる。
この方法の値打ちは、条件が現実そのものだということだ。メーカーの等級表は試験室の光の話だが、こちらは実際にその絵を飾る部屋の光で試している。自分の持っている箱についての、自分の等級表ができる。
北向きと南向きの部屋でも、結果は変わるはずだ。だからこそ、自分の部屋でやる意味がある。
どうせ全色を塗るなら、一枚余分に塗っておけばいい。窓際の一枚は数か月がかりの仕込みになるから、新しい箱を買った日が、いちばんの始めどきだ。
一年後に二枚を見比べたとき、たぶん驚く。実験と呼ぶには地味だが、確かさでは等級表に劣らない。そして、大事な絵にどの色を使うかを考えるようになる。
保管の仕方でも、だいぶ変わる。
褪色は顔料の性質で決まるが、置き方でも変わる。
いちばん効くのは、直射日光を避けることだ。窓際と部屋の奥では、当たる光の量がまるで違う。同じ絵でも、掛ける場所を変えるだけで持ちが変わる。
日の入らない廊下や、光の柔らかい北側の壁。飾る場所選びは、額選びより先にある。
額装するなら、紫外線をカットするガラスやアクリルを選ぶ手もある。普通のガラスより高いが、長く飾るつもりなら効く。守りは、描いたあとからでも足せる。
飾らないものは、しまっておくのがいちばん強い。スケッチブックに描いて閉じておけば、光にはほとんど当たらない。作品としてまとめたいなら、額に入れて壁に掛けるより、箱に入れて時々開く方が長持ちする。保管は、いちばん安上がりな耐光対策だ。
そう考えると、耐光性を気にするべき絵はそう多くない。塗り絵を楽しむ、スケッチブックに描く。それなら気にしなくていい。
気をつけたいのは、飾る絵と、渡す絵だ。誰かに贈る絵なら、褪せにくい色を選んでおきたい。相手がどこに飾るかは選べないからだ。
等級の星が多い色を絵の骨格に使う。その一手で、十年後の残り方が変わる。
旅先から送るポストカードくらいなら、そこまで神経質にならなくていい。手紙は、褪せてもいい。
同じ箱の中でも、ピンクから先に、消えていく。それを知っているだけで、選び方が少し変わる。