迷いは、同じ紙の上で片付ける。
ポリクロモスか、ホルベインか。色鉛筆をひとつ上の段へ買い替えようとして、この二つの間で止まっている人は多い。ポリクロモスとホルベインの比較を検索しても、同じ紙に同じ色を塗って並べた記事は意外と少ない。
並んでいるのは単独のレビューが多く、欲しいのは優劣の結論ではなく、同じ条件の横並びだ。レビューを何本読んでも決められなかった迷いは、紙の上なら片付く。同じ条件でそろえた紙が一枚あれば、比較記事を十本読むより早い。
ファーバーカステルのポリクロモスは、ドイツの全120色。ホルベインのアーチスト色鉛筆は、日本の全150色。どちらも油性で、どちらも専門家が使う。
ドイツの鉛筆の名門と、日本の絵の具の会社。成り立ちからして別の場所から来ている二社であることは、メーカー図鑑の記事に書いた。出発点が線か色かの違いは、この先の結果を読むときの補助線になる。
売り場で並べて見ても、外から違いは分からない。箱の説明を読んでも、どちらも「なめらか」「鮮やか」と書いてある。値段で決められれば楽なのだが、あとで書くとおり、この二つは同じ帯にいる。
だから、同じ紙に同じ五色を塗って並べた。五色は赤、青、黄、緑、茶で、細い線とベタ塗りと三色重ねを同じ紙の上で往復した。組み方は価格の記事の実験とそろえてあり、見どころはひとつ、重ねたときに層になるか混ざるかだ。
削った瞬間から、もう違う。
芯の太さは、実はどちらも公称3.8ミリで同じだ。カタログの数字では、二本は区別がつかない。
それなのに削ってみると、減り方も先の保ち方もまるで違う。差は太さではなく、芯の柔らかさから来ている。
ホルベインは先が丸くなりやすく、そのぶん削り出した面が広い。ポリクロモスは先が保つ。削り器から出てくる削りかすはホルベインの方が明らかに多く、柔らかい芯が気前よく削れていく。
細い線を引くと、はっきり分かれた。ポリクロモスは一本の線が細いまま伸びる。ホルベインは、同じ力で引いても線がやや太くなり、少し早く鈍る。細い線を等間隔で並べると、ポリクロモスは白地が残り、ホルベインは線同士がつながりはじめる。
ベタ塗りでは逆になった。ホルベインは芯が柔らかいぶん、少ない往復で紙が埋まる。同じ大きさの四角を塗るのに、ポリクロモスの方が明らかに時間がかかった。同じ筆圧でも紙に残る色の量が違うので、力の入れ方から変えることになる。
先を尖らせたまま使いたいならポリクロモス、先が少し丸くなってからが本番なのがホルベイン、とも言える。同じ数字の芯が、なぜここまで別の動きをするのか。太さと柔らかさの関係は、ホルベインの芯を掘り下げた記事に書いた。
どちらかが優秀という話ではない。細い線に強い芯と、広い面に強い芯がある。削った瞬間から、それぞれ別の仕事に向いている。
三色重ねると、層になるか、混ざるか。
差がいちばん開いたのは、三色を重ねたときだ。
青の上に緑、その上に茶を薄く重ねる。同じ順番、同じ回数でそろえる。
ポリクロモスは、下の色が残る。三層が層のまま見えて、混ざりきらない。だから濁らない。
狙った色をつくりやすい反面、なじませたいときには根気がいる。
ホルベインは、混ざる。境目が溶けて、ひとつの色になっていく。三色を重ねたはずなのに、四つ目の色が出てくる。
そのぶん、混ぜすぎると狙いから外れる。
順番を入れ替えてみると、ポリクロモスは仕上がりが素直に変わる。ホルベインはどの順番でも似た場所に落ちてくる。混ざるというのは、そういうことだ。
これは芯の柔らかさの違いから来ている。柔らかい芯は紙の上でお互いに乗り移り、硬めの芯はそれぞれの層を保つ。
グラデーションも同じ傾向だった。ホルベインは少ない手数でなめらかにつながり、ポリクロモスは手数がいるぶん途中を細かく調整できる。途中で止めて色を確かめる癖をつけると、ホルベインの混ざり方も制御しやすくなる。
紙を変えると、この差はさらに開いた。目の粗い紙では柔らかい芯が目の谷まで届いて、ホルベインの面がいっそう伸びる。なめらかな紙ではポリクロモスの線が細いまま残り、層の輪郭がはっきり立つ。
中間の紙が、いちばん差の出ない土俵だった。比べるなら、ふだん使う紙で試すのがいちばん確かだ。
琴平文具店の「四国の風景」では、波の細部を層が残る側の芯で描いている。
値段の差より、段の差を見る。
単色の公式価格は、ポリクロモスが一本429円、ホルベインが一本275円。1.5倍ほどの開きはあるが、どちらも専門家向けの帯にいて、片方が高級で片方が手頃という関係ではない。
ポリクロモスは1908年発売。百年以上、専門家の定番の座にいるシリーズだ。
セットの段には差がある。ポリクロモスの缶セットは12・24・36・60・120色の五段で、5,148円から51,480円まで一直線に登っていく。木箱入りなどの特別なセットは贈り物の文脈になるので、ここでは缶の段だけを比べた。
ホルベインは6色から150色まで段が細かく、12色だけで三種類ある。少しずつ買い足したいならホルベイン、迷わず段を登りたいならポリクロモス、という選び方はできる。
色数は120と150で違うが、これも優劣ではない。150色ある方が細かく選べるが、そのぶん探す時間も増える。120色で足りないと感じる人はほとんどいない。
耐光性も、この価格帯なら両方とも高い水準にある。ただしどちらも、色によって差はある。
それでも決めきれないなら、買う前に試せる。どちらも単色で買えるからだ。赤を一本ずつ、同じ紙に塗ってみる。二本あわせて数百円の実験で、たいていの迷いは片付く。
よく使う色は必ず先に減る。同じ一本がすぐ手に入るかどうかは、長く使うほど値段より効いてくる。単色での買い足しは、バラ売りの記事に書いた。
どちらが上というより、描きたいものが違う。
ここまで並べると、選び方の見当はついてくる。
細かく描き込みたいなら、ポリクロモス。建物の窓枠や木の枝のように、線を残したまま色を積み上げていく絵に合う。
広い面をなめらかに塗りたいなら、ホルベイン。空や水面のように、色をなじませて境目を消していく描き方に向いている。
どちらも持っている人も少なくない。細部はポリクロモス、面はホルベイン、と使い分けている。同じ絵の中で両方を使っても、困ることは何もない。
使い分けの線は、絵柄だけでなく工程でも引ける。下の層で形を決める段階はポリクロモス、上の層で色をなじませる段階はホルベイン、という組み立ても成り立つ。
決め手に欠けるなら、三色重ねの結果を思い出すといい。層の見え方に惹かれたか、四つ目の色に惹かれたか。「窓枠を描くならこっち」と自分の言葉で言えるようになることが、この実験のいちばんの収穫だ。試した紙は捨てずに取っておくと、次の一本を選ぶときの物差しになる。
紙の上で起きていたことは、最初からひとつだった。ポリクロモスは層になり、ホルベインは混ざる。その違いが描きたいものと噛み合うかどうかが、選ぶことのすべてだ。
そして、どちらを買っても後悔はしにくい。予算が同じなら、差額で単色を数本足す方が絵は変わる。この二つは、そういう水準にある。
迷ったら、描きたい絵を思い浮かべてみるといい。線が多い絵か、面が多い絵か。答えはそこにある。