高いものほど濃い、というほど単純ではない。
高級色鉛筆と呼ばれるものと、一本数十円のもの。色鉛筆の値段の違いは、大きいところで十倍近くある。同じ赤でも、手に取る棚で値段がまるで変わる。
高い色鉛筆は、そのぶん濃く出るのか。試してみると、そう単純でもなかった。
同じ紙に、価格帯の違う四本の赤を塗ってみた。三菱鉛筆の880、ホルベインのアーチスト色鉛筆、ファーバーカステルのポリクロモス、カランダッシュのルミナンス。この順に、一本あたりの値段が上がっていく。四社がどんな会社かは、メーカー図鑑の記事にまとめてある。
実験の組み方を先に書いておく。同じ紙、同じ画角、同じ光。赤・青・黄・緑・茶の五色で、一度塗り、強く塗る、五回重ね、細い線、グラデーションの五つを試す。この連載の塗り比べは、すべてこの組み方でそろえている。
一度だけ軽く塗った状態を並べると、差はそれほど大きく見えない。どれも赤い。むしろ柔らかい芯のものの方が、一度塗りでは濃く出ることさえある。値札を隠して当てられるかというと、一度塗りの見本だけでは難しい。
売り場で試し書きをして「思ったほど違わないな」と感じるのは、たぶんこのためだ。一度塗りは、色鉛筆の差がいちばん出ない条件になっている。
差が出るのは、そこから先だった。
五回重ねると、違うものになる。
同じ四本で、今度は同じ場所を五回重ねてみた。塗り比べというより、持久力の測定に近い。
安い色鉛筆は、早い段階で頭打ちになる。それ以上塗っても濃くならず、代わりに紙の表面がつるつるしてきて、鉛筆が滑るようになる。880は軽くて速く、途中までは順調に濃くなるが、ある回数から変化が鈍った。
何回目で止まるかは、芯と紙の組み合わせで変わる。紙の目が埋まって鉛筆が止まる仕組みは、紙の記事に詳しく書いた。
高い色鉛筆は、五回重ねてもまだ乗る。ルミナンスは五回目でも紙に食いつく感触が残り、ポリクロモスとホルベインも五回の間は色が積み上がり続けた。塗り重ねた部分と一度塗りの部分で、はっきり差が出る。
一度塗りの見本が横一線だったぶん、五回目の差は落差として目に残る。同じ動作を繰り返しているのに、途中から結果が分かれていく。分かれた原因は腕ではなく、芯の設計にある。
細い線を引くと、別の差も出た。柔らかい芯は太い線になりやすく、硬い芯は先が保つ。ここは値段というより、その色鉛筆が何を想定しているかの違いだ。
価格差の一部は、濃さではなく「どこまで重ねられるか」に使われている。一度塗りで比べているかぎり、この差は見えない。
芯の中身に、値段が入っている。
色鉛筆の芯は、顔料をワックスやオイルで固めたものだ。顔料は絵の具にも使われる色の粒そのもので、芯の値段は、この粒をどれだけ使えるかの値段でもある。
顔料の割合が高いほど少ない量で濃く出て、重ねたときにも色が積み上がる。逆に顔料が少ないと、早い段階で紙が埋まる。
メーカー自身も、値段の根拠として顔料を挙げている。ファーバーカステルは公式ストアでポリクロモスの芯を「純度が高く顔料成分が豊富」なオイル芯と説明し、ホルベインは「きめの細かい顔料を使用した、タッチのやわらかい油性色鉛筆」と書いている。
実際、この二本は塗り面のむらが出にくかった。公式の文言と塗った結果がちゃんと合っていて、ホルベインが絵の具の会社であることは、この言い回しによく出ている。
固める側にも種類がある。ワックス主体の芯とオイル主体の芯があり、価格帯が上がるとオイル主体が増える。柔らかさも重なり方も変わってくるのだが、その違いは芯の硬さの記事にまとめた。四本すべての配合が公開されているわけではないので、ここは公式に書いてある範囲にとどめる。
つまり芯の中身は、外からは一切見えない。売り場で四本を眺めても、顔料の量も固め方も分からない。だから塗り比べる価値がある。
四本の実売価格を、実際に並べてみる。
値段の話をするなら、実際の数字を並べておきたい。単色の公式価格がはっきりしているのは二本で、ポリクロモスは一本429円、ホルベインのアーチスト色鉛筆は一本275円だ。
880は世代を問わず長く使われてきた定番で、四本のなかではいちばん手に取りやすい帯にいる。ルミナンスは、いちばん上の帯だ。この二本の実売は店頭の値札で確かめるのが早いので、ここでは帯の並び順だけ覚えておけばいい。
一本の値段の差は、セットになると数十倍に膨らむ。880のセットが手頃で、ルミナンスの箱が高いのは、一本の帯の差がそのまま積み上がっているからだ。箱の値段を見るときは、一本あたりに割り戻すと帯が読みやすい。
一本あたりの値段が上がると、何が変わるのか。ここまで見てきたとおり、濃さではなく、重ねられる回数と濁りにくさが変わる。同じ赤の値段の差は、五回重ねたあとの差だ。
上の帯の二本で迷うなら、ポリクロモスとホルベインを一対一で塗り比べた記事がある。同じ帯の中での違いは、そちらに書いた。
ファーバーカステルには、耐光性が最高等級の102色だけを集めたポリクロモスの缶もある。値段の一部がどこに払われているかを、セットの組み方そのもので示した例だ。
塗った直後には見えない差が、もうひとつある。色の褪せにくさで、この話は耐光性の記事に一本にまとめた。
安い色鉛筆が向いている場面もある。
ここまで高い色鉛筆の話をしてきたが、安いものが劣っているという話ではない。
まず、たくさん使う場面。子どもが使うなら、折っても失くしても気にならない方がいい。一本数百円の色鉛筆を折られて渋い顔をするくらいなら、最初から気楽なものを渡した方がお互いのためになる。
下描きや当たりをつけるだけの用途もそうだ。あとから消したり塗りつぶしたりする線に、高い色鉛筆を使う必要はない。
学校や仕事で図面や資料に色を入れるなら、線が素直で発色が安定しているものがいい。重ねる回数が限られているので、値段の差が効く場面が少ない。
琴平文具店が安い帯と高い帯の両方を棚に置いているのは、用途が別だからだ。子どもの筆箱に入る一箱と、額に入れる絵のための一箱は、競合しない。
高い色鉛筆が効くのは、重ねる絵と、残す絵だ。そうでないなら急がなくていい。手頃な24色で描き続けて、重ねられないことに不満が出てきたときが、次に進むときだ。
高い帯を試すときも、箱ごと買い替える必要はない。よく使う色を単色で一本足すのが入口になる。
高い色鉛筆は、濃いから高いのではない。重ねられること、濁らないこと、そして残ること。値段の差は、むしろ塗った直後には見えないところに入っている。